大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和45年(う)1272号 判決 1972年9月28日

主文

原判決中禁錮刑を言渡した部分(原判決引用の本件起訴状公訴事実第一の一および二の事実に関する部分)を破棄する。

被告人を右部分の罪につき禁錮一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右の刑に算入する。

原判決中罰金刑を言渡した部分(前記起訴状公訴事実第一の三の事実に関する部分)についての控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人福田公威作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は要するに、原判決引用の本件起訴状公訴事実第一の一および二の事実について、原判示死傷および建造物損壊の結果のうち、最初に発生させた丸山孫一に対する業務上過失傷害の結果についての被告人の責任は否定しないが、その後に続発した結果は、丸山孫一運転車両との追突後、被告人運転車両が車両の欠陥により停止不可能の状態になつたため生じたものであり、かつ、自己の運転車両にかかる欠陥のあることを被告人は知らなかつたのであるから、不可抗力による事故であつて、被告人には責任がない、というのである。

よつて案ずるに、原判決挙示の証拠によると、被告人は、昭和四四年七月一日午後一時一五分ごろ、大型貨物自動車を運転し、毎時約五〇キロメートルの速度で、彦根市西沼波町一七五番地先の国道八号線道路上を北進中、仮眠状態に陥つたため、自車前方の道路中央附近で右折のため停車していた丸山孫一運転の普通貨物自動車の発見が遅れ、同車後部に自車前部を追突させ、同人に対し加療約二週間を要する頸椎捻挫等の傷害を負わせたこと(以下これを第一の事故という)、ところが、右追突の衝撃により、被告人運転車両のフートブレーキのエアーパイプが折損すると共にボデーが変形したため、フートブレーキおよびハンドブレーキが共にきかなくなり、変速ギヤーがかみ合つたままでニュートラルに戻らなくなり、減圧してエンジンを停止させるデコンブレッションレバーにも支障が生じたうえ、アクセルコントロールレバーがエンジン回転増の方向に傾いたままで固定されてしまうなど装置に重大な損傷が生じたのに、なおエンジンが回転を続け、かつ、走行装置に異常がなかつたため、停止できなくなり、被告人および同乗の助手佐川勝利のとつた停車措置も全く効を奏しないまま自車を暴走させ、第一事故現場から約六三〇メートル進行した原判示「喜楽食堂」の手前において、先行する丸山正隆運転の軽四輪貨物自動車後部に追突し(以下これを第二の事故という)、次いで、同所より約31.8メートル進行した地点で、先行する村林善博運転の普通貨物自動車後部に追突し、更に、同所より約六六メートル進行した地点で、先行する宮川肇運転の普通乗用自動車後部に追突したうえ、右丸山正隆車との追突により同車を左斜前方に逸走させ、道路左端歩道上を対面歩行中の北川喜一をはね飛ばすと共に右「喜楽食堂」内に同車を突入させて、同店内にいた村長国男、遠藤節子の両名を負傷させ、右村林車との追突により同車を対向車線上に進出させ、対面進行中の伊藤幸次運転の普通貨物自動車前部に衝突させるなど三台の先行車両に追突し、うち二台を逸走させて更に衝突事故を惹起せしめて後、最後の宮川車との追突地点から約二〇〇メートル進行した附近で、道路左側の田に自車を突入させてようやく停止したこと、そして、前記の追突および衝突等の衝撃により、原判示のとおり、一名を死亡させたほか九名に対し(前記丸山孫一を加えると本件による負傷者は一〇名になる)頭部挫傷、頸椎捻挫等の傷害を負わせたこと、以上の事実が認められる。

右認定の事実によつて明らかなように、被告人車は、第一の事故現場から約六三〇メートルも暴走した地点において第二の事故を発生させているのであるが、被告人の供述によると、その間において被告人は、ブレーキペダルを踏み、サイドブレーキを引き、ギヤを抜こうと試みたほか、デコンプレッションレバーを引いてエンジンの回転を停めようとするなど車両を停止させるためのすべての手段を尽くしたことが認められるので、被告人車の前記損傷のうちその一つでも損傷を免れて正常に作動していたとすれば、第二の事故現場に至るまでの段階で、被告人車を停車させることができ、第二以下の事故発生を回避し得たものと考えられる。したがつて、第二以下の事故は被告人車が停車不可能の状態になつたために生じたとの所論は一応これを承認しうるものと考える。そこで、右損傷が車両構造の欠陥により生じたとの主張につき案ずるに、原審で取り調べた細溝和一郎、稲塚稔各作成の鑑定書によると、被告人運転車両は、日野KB三八〇改良型の最大積載量7.5トンの軽油を燃料とするキャブオーバー型の貨物自動車であるが、運転席が前方に四五度傾斜できるテイルトキャブ構造になつているため、フートブレーキのエアーパイプが、前部バンバーから、バンバー右端附近で五センチメートル、右フレーム側面附近で九センチメートル後方の車体最前部を通つているほか、前記損傷個所を含む車両の重要部分が車体前部に集約され、かつ、特殊な構造をもつているので、車体前部に加えられた衝撃に対し、これらが比較的折損等の損傷を起こし易い位置ないし構造になつていることは否定できないと思われる。しかしながら、もともと、いわゆる「欠陥車」というのは、通常の運転操作および車両の保守(点検および整備等)を行なつているにもかかわらず、車両の設計、工作、材質等の不備により、不測の車両欠陥が発生することをいうと解すべきところ、前記エアーパイプを含む車両の前面部は、前部バンバーで保護されているのであるが、前記稲塚鑑定書によると、バンバーは当該車両重量程度の力に耐え得るよう通常設計されているので、比較的軽い衝撃に対しては、このバンバーにより十分保護しうるものであることが認められ、ましてや通常の運転操作で運行する限り、前記エアーパイプ等は容易に折損等の損傷を起こすものではないと認められる。本件場合の被告人車の前記損傷は、前記のとおり、停車中の丸山孫一車(二トン積貨物自動車)の後部に毎時約五〇キロメートルの速度で被告人車が追突したことにより生じたことは明らかであるから、通常の運転操作で運行中に生じたものではなく、被告人車前部に大きな衝撃が加わつたものとみるべく、これにも耐え得るような構造をもたすことは、高速大量輸送を目的とする自動車の軽量化、経済性等に鑑み困難であると思われるので、本件損傷は所論のいわゆる車両構造の欠陥によるものとは到底解しがたく、被告人の過失により生じたとみるべく、車両構造の欠陥を理由に被告人の責任を否定する所論はこれを採用しがたいところである。

ところで、前記稲塚鑑定書には、「本件の場合は、第一次の衝突により、偶然フートブレーキパイプ、アクセルリンケージ、サイドブレーキおよびミッションコントロールレバーを一挙に損傷し、第二、第三の事故発生となり、不幸な結果を招いたものであつて、極めて稀れなケースである。」との記載があり、このことは、第一の事故を発生せしめた被告人の過失と第二以下の事故との間の因果関係の存否を一応疑わしめるものであり、かつ、所論は因果関係を否定する主張をも含むと解せられないこともないので、以下この点につき案ずるに、なるほど、第一の事故による衝撃により、車両を停止させるすべての装置が一挙に損傷したにもかかわらず、なおかつエンジンが駆動を続けたため、約六三〇メートルも暴走して第二の事故に至つたとの本件の経過に徴すると、本件が交通事故中稀な事例に属することは否定しがたいと思われる。しかしながら、停車装置のすべてを損傷した第一の事故による衝撃は、前記のようにけつして小さいものではなく、かつ、被告人運転車両が前記のようなテイルトキャブ構造の車体であつたこと、および、当審鑑定人佐々木恵の供述によつて認められる、本件と同様の損傷を生ずる衝突事故は、日野自動車のキャブオーバー型の大型自動車に限つてこれをみても、年間一〇数件発生していることなどを総合すると、第一の事故の衝撃により、車両を停止させる装置のすべてが損傷したことは、必ずしも稀有の事例ではなく、通常予想しうるところと認むべきである。そして、衝突による衝撃により車両が損傷し、制動不能の状態になるなどして車両が暴走し、第二、第三の事故の発生をみる場合のまま存することは、多数の車両の通行する今日の道路状況に照すと、優にこれを認めうるので、このことは自動車運転者にとつて予見可能というべきことも明白である。本件場合は、第一の事故から第二の事故まで約六三〇メートルも暴走を続けているのであるが、これはその間たまたま他車両等と衝突しなかつたという偶然によるものであつて、因果関係存否の判断には重要ではない、と解せられる。してみると、第一の事故を発生せしめた被告人の過失と、第二以下の事故との間には優に因果関係を肯定しうるというべく、それらのすべてにつき被告人の過失責任を認め、有罪の認定をした原判決には所論の事実誤認のかどはない。論旨はすべて理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について

まず、原判決中禁錮刑を言渡した部分(業務上過失致死傷および同建造物損壊の事実)についての所論につき案ずるに、被告人の過失の程度および内容は悪質であり、しかも、一名を死亡させ、一〇名を負傷させたほか建物を損壊しているなどその結果も極めて重大であるうえ、これら被害者に対し、みるべき損害の賠償をしていないことなどに徴すると、被告人の責任はまことに重いというべきであつて、被告人を禁錮二年に処した原判決の刑はこれを首肯しえなくもないが、前記のとおり、丸山孫一を除くその余の致死傷等の結果は、被告人車が第一の事故により停止しえなくなつた暴走の過程において惹起しているのであつて、その間被告人は車両を停止させるべくあらゆる措置をとり、最後には高速進行中の自車を田に突入させてじ後の事故発生を防止したなど、第二以下の事故の発生を回避しようとの努力をしたことが認められること、被告人が短時間の休息仮眠をとつたのみで、睡眠不足のまま運転を続けたとの本件過失内容については、福島県白河市から佐賀県鳥栖市まで(片道約一、三〇〇キロメートル)の往復運転業務に被告人を従事させるに際し、運転免許を有する交替運転手を同乗させなかつた被告人勤務会社の運行管理にその一因があると認められることなどの事情によると、刑の執行猶予を求める所論はこれを採り得ないけれども、原判決の刑はその刑期においていささか過重と思われる。論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

次に、原判決中罰金刑を言渡した部分(運行記録計が調整されていない状態で車両を運転した事実)についての所論につき案ずるに、記録を精査しても、被告人を罰金五、〇〇〇円に処した原判決の刑は相当であつて、重過ぎるとは思われない。論旨は理由がない。

よつて、原判決中禁錮刑を言渡した部分については、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条に従つて原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従つて更に判決することとし、原判決の認定した事実に原判決摘示の関係法条を適用し、被告人を禁錮一年六月に処し、刑法二一条を適用して原審未決勾留日数中三〇日を右の刑に算入し、原判決中罰金刑を言渡した部分については、刑事訴訟法三九六条に従つて控訴を棄却する。なお原審および当審における訴訟費用は同法一八一条一項但書により被告人に負担させない。

よつて、主文のとおり判決する。

(河村澄夫 滝川春雄 岡次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例